中国共産党新聞

洛川会议(1937年8月22-25日)

  卢沟桥事变以后,中国开始了全国性的抗日战争。为了进一步贯彻党的抗日民族统一战线的策略,确定党在抗战时期的纲领、路线和政策,1937年8月22日至25日,中共中央政治局在陕北洛川县冯家村召开了扩大会议,即洛川会议。
  出席会议的政治局委员及候补委员有:毛泽东、张闻天、周恩来、博古、朱德、任弼时、关向应、凯丰、张国焘。其他有关人员是:彭德怀、刘伯承、贺龙、张浩、林彪、聂荣臻、罗瑞卿、张文彬、肖劲光、林伯渠、徐向前、周建屏、傅钟22人。
  会议的议程为:(1)政治任务问题。(2)军事问题。(3)国共两党关系问题。
  会议由张闻天主持。毛泽东代表中央政治局作了关于军事问题和同国民党的关系问题的报告,深刻地分析了中国革命的形势,指出抗日战争将是艰苦的持久战,提出了党在抗日时期所采取的政治路线和基本方针。关于军事问题。报告指出红军在国内革命战争中已经发展为能够进行运动战的正规军。但在新的形势下,必须把过去的正规军和运动战变为分散使用的游击军和游击战。他提出红军的基本任务是:(1)创建根据地。(2)钳制和相机消灭敌人。(3)配合友军作战(主要是战略配合)。(4)保存与扩大红军。(5)争取民族革命战争领导权。他指出红军的战略方针是:独立自主的山地游击战,包括在有利条件下集中兵力消灭敌人兵团,以及向平原发展游击战争。游击战争的作战原则是分散以发动群众,集中以消灭敌人,打得赢就打,打不赢就走,山地战要达到建立根据地,发展游击战争的目的,小游击队可到平原区发展。关于国共关系问题。报告强调在抗日民族统一战线中,我们要坚持独立自主,保持高度的警惕性。红军的活动,只能由我们自己决定。
  会议对毛泽东的报告进行了认真地讨论。许多同志都发了言,大多数人同意毛泽东的报告精神,拥护党中央的政治路线。但是,在一些具体问题上,少数人有一些不同意见。1.关于出兵的时间问题。有人认为,现在战局很严重,应该早出兵,对我们政治影响好。这种意见虽有一定道理,但是却忽视蒋介石借日军之手消灭异己的用心。2.关于陕甘宁边区留守部队问题。有人主张,把军队全部开到前线,陕甘宁边区不留兵。对蒋介石袭击我军后方的阴谋警惕不足。3.关于作战方针问题。有人主张,红军要配合国民党军队多打大仗。对独立自主的山地游击战方针认识不足。4.关于对国民党的估计问题。有人过高地估计了国民党的抗日作用,而对其反共反人民的本质认识不足。
  张闻天详细分析了当时的政治形势,说明全国性的抗战已经开始,从此进入了抗战的新阶段。我们的任务是动员一切力量来争取抗日战争的胜利。他着重指出:我们的总方针是要将已经开始的全国性抗战发展为全面的、全民族的抗战,动员一切力量争取抗战胜利,并从中来完成民主革命的任务——统一中国,建立民主共和国。
  张闻天在补充报告和发言中,对毛泽东的持久战的战略方针作了阐述和发挥。
  周恩来报告了南京谈判,上海抗战,国民党统治区的政治经济形势以及南京政府的国防、外交等情况。
  毛泽东代表中央政治局对会议作了总结,回答了讨论中提出的问题。他指出,必须坚持抗日民族统一战线中的独立自主原则,一定要实行党对抗战的领导,依靠人民群众,实行全面抗战,反对片面抗战、反对妥协退让、民族革命战争才能获得彻底胜利。与会同志一致同意毛泽东的总结。会议通过了《关于目前形势与党的任务的决定》、《抗日救国十大纲领》和毛泽东为此起草的宣传鼓动提纲《为动员一切力量争取抗战胜利而斗争》。
  《关于目前形势与党的任务的决定》正确地分析了抗战爆发后的政治形势,规定了党的中心任务。指出:“七月七日卢沟桥的抗战,已经成了中国全国性抗战的起点。”“中国的政治形势从此开始了一个新阶段,这就是实行抗战的阶段。”“这一阶段的最中心的任务是:动员一切力量争取抗战的胜利。”
  《决定》分析了国民党片面抗战路线的实质和危害,指出了争取抗战胜利的关键。《决定》指出:“今天的抗战,中间包含着极大的危险性。这主要是由于国民党还不愿意发动全国人民参加抗战”,“处处惧怕和限制人民的参战运动”,“不给人民以抗日救国的民主权利”。所以,在抗战过程中,可能发生许多挫败、退却,内部的分化、叛变,暂时和局部的妥协等不利的情况。因此,抗战是艰苦的持久战。“争取抗战胜利的中心关键,在使已经发动的抗战发展为全面的全民族的抗战。”
  《决定》强调党对抗日战争的领导责任和坚持党在统一战线中的独立自主原则。毛泽东在报告中明确提出,统一战线中必须坚持独立自主,对国民党要保持警惕性,红军的活动主要由共产党决定。《决定》号召“共产党员及其所领导的民众和武装力量,应该最积极地站在斗争的最前线,应该使自己成为全国抗战的核心,应该用极大力量发展抗日的群众运动。不放松一刻工夫一个机会去宣传群众,组织群众,武装群众。只要真能组织千百万群众进入民族统一战线,抗日战争的胜利是无疑义的”。
  会议通过的《抗日救国十大纲领》是:1.打倒日本帝国主义。2.全国军事总动员。3.全国人民总动员。4.改革政治机构。5.实行抗日的外交政策。6.实行战时的财政经济政策。7.改良人民生活。8.实行抗日的教育政策。9.肃清汉奸卖国贼亲日派。10.建立抗日的民族团结。这个纲领全面概括了中国共产党在抗日时期的基本政治主张。
  会议决定在敌人后方放手发动独立自主的游击战争,建立敌后抗日根据地。同时,强调党的工作重心是战区和敌后;决定以减租减息政策作为抗日时期解决农民问题的基本政策;在国民党统治区,放手发动抗日的群众运动,争取人民应有的政治经济权利。
  会议在组织上进一步健全了中央军委。军委成员由毛泽东、朱德、周恩来、彭德怀、任弼时、叶剑英、张浩、贺龙、刘伯承、徐向前、林彪11人组成。毛泽东为军委主席,朱德、周恩来为军委副主席。8月25日,中央军委发布了红军改编为国民革命军第八路军的命令。8月29日,中共中央决定成立中央军委前方军委分会(后称华北军分会),以朱德为书记,彭德怀为副书记。
  洛川会议是在抗日战争刚刚爆发的历史转折关头召开的一次重要会议。它正确地制定了一条与国民党片面抗战路线针锋相对的全面抗战路线,规定了党在抗日时期的政治纲领、基本任务和各项政策,从而为全党和全国人民指明了斗争方向,为争取抗日战争的伟大胜利奠定了基础。
  (中国共产党新闻网资料)

http://dangshi.people.com.cn/GB/165617/166496/168113/10011911.html

毛沢東選集の注釈

〔1〕 一九三七年八月二十五日、中国共産党中央委員会政治局が陝西省北部でひらいた洛川会議において採択した「当面の情勢と党の任務についての決定」をさす。全文はつぎのとおり。「(一)蘆溝橋における戦争挑発と北平、天津の占領は、日本侵略者が中国中心部に大挙進攻する手始めにすぎない。日本侵略者は、すでに全国の戦時動員をはじめた。かれらが口にする「不拡大」の宣伝は、その進攻をおおいかくす煙幕でしかない。(二)南京政府は日本侵略者の進攻と人民の憤激におされて、抗戦の決意をかためはじめた。全体的な国防の配置と各地における実際の抗戦もすでにはじまっている。中国と日本との大戦はさけられない。七月七日の蘆溝橋の抗戦は中国の全国的な抗戦の出発点となった。(三)中国の政治情勢は、このときから新しい段階、つまり抗戦を実行する段階にはいった。抗戦の準備段階はすでにすぎた。この段階でのもっとも中心的な任務は、あらゆる力を動員して抗戦の勝利をかちとることである。これまでの段階では、民主主義をかちとる任務は、国民党がそれをのぞまず、民衆の動員がたりなかったので達成されなかったが、これは今後、抗戦の勝利をかちとる過程で達成しなければならないものである。(四)この新しい段階では、われわれと国民党およびその他の抗日諸派との区別および論争は、いかに抗戦の勝利をかちとるかの問題であって、もはや抗戦すべきかどうかの問題ではない。(五)こんにち、抗戦の勝利をかちとる中心の鍵は、すでに口火のきられた抗戦を全面的な全民族の抗戦に発展させることである。このような全面的な全民族の抗戦でなければ、抗戦は最後の勝利をおさめることはできない。こんにち、わが党の提起している抗日救国の十大綱領こそ、抗戦の最後の勝利をかちとる具体的な道である。(六)こんにちの抗戦には、きわめて大きな危険性がふくまれている。それは主として、国民党がまだ全国人民を抗戦に立ちあがちせることをのぞんでいないためである。逆に、かれらは、抗戦を政府だけの仕事と考え、人民の参戦運動をことごとに恐れ、制限し、政府や軍隊が民衆とむすびつくのをさまたげ、人民に抗日救国の民主主義的権利をあたえず、政府を全民族的な国防政府にするための徹底的な政治機構の改革をおこなおうとしない。このような抗戦では、局部的な勝利をかちとることはできても、けっして最後的な勝利をかちとることはできない。逆に、このような抗戦には重大な失敗をまねく恐れがある。(七)当面の抗戦にはまだ重大な弱点があるので、今後の抗戦の過程では、挫折、返却、内部分化、裏切り、一時的局部的な妥協など、多くの不利な状況かうまれる可能性がある。したがって、この抗戦は、苦難にみちた持久戦になることを見てとるべきである。だが、われわれは、すでに口火のきられた抗戦が、かならずわが党と全国人民の努力によって、あらゆる障害をつきやぶってひきつづき前進、発展することを確信する。われわれは、あらゆる困難を克服し、わが党が抗戦の勝利をかちとるために提起した十大綱領の実現をめざして断固たたかうべきである。この綱領にそむくすべてのあやまった方針に断固反対すると同時に、悲観的、失望的な民族敗北主義にも反対する。(八)共産党員およびその指導下にある民衆と武装力はもっとも積極的に闘争の最前線に立ち、みずから全国抗戦の中核となり、全力をあげて抗日の大衆運動を発展させるべきである。大衆に宣伝し、大衆を組織し、大衆を武装化するのに、わずかな時間もちょっとした機会ものがしてはならない。何百回千万の大衆をほんとうに民族統一戦線に組織できさえすれば、抗日戦争の勝利は疑いない。」

http://www.geocities.jp/maotext001/maosen-2/maosen-2-080.html

その他

洛川会议
李法卿「七分発展、二分応付国民党、一分抗日」説に関する件。

否定的な言及

『中共壮大之謎』(中国共産党が強大化した謎)――歴史を捏造しているのは誰か?
兵力の10%しか抗日に使うな!――抗日戦争時の毛沢東
上記2つはいずれも遠藤誉による。

「抗日」を煽って逃げた中国共産党
こちらは北村稔。

中国共産党の”抗日救国”